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Blackhole(Eventide)により付与される空間的緊張感についての考察

July 17, 2023

先日、Eventide社がリリースしてるリバーブである「Blackhole」を購入した。

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Blackholeは”地球外”のリバーブという方向性のもと非現実的な反響サウンドを生み出し、音楽としての用途以外にも映画の効果音や舞台音響など幅広い業界で使われている。

もともとは過去に同じくEventide社がリリースしたDSP4000 UltraHarmonizerという実機の機能の一つとして搭載されていたものがプラグイン化された背景がある。BlackholeのリバーブアルゴリズムはH9000やH9000R、H8000FWといったスタジオプロセッサーにも搭載されている。他にも実機に搭載されているリバーブアルゴリズムでBlackhole以外にもSpringやShimmerVerb、MangledVerbがH9シリーズとしてプラグイン化されている。

02 出典: DSP4000 - Eventide Audio

Blackholeを挿してみると、地球上では起こり得ない反響ロジックで鳴っているとは思えないほどの、むしろ聞き馴染みのある鳴りをしている印象を受ける。

特にボーカルや話し声といった身近な音に対してかけることでシリアスなエンターテイメントに匹敵する情報の多さに圧倒される。

そして、根拠のない緊張感を覚える。

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これは、おそらくBlackholeがもつ非現実サウンドがSF映画や宇宙(然り現実味を伴わない描写が多いテーマ)を題材とした映画の中で多くのシーンに用いられているという背景のもとで、無意識下にある映像記憶や付随する自身の心情変化の経験とリンクされることにあるのではと考える。

現にEventideがBlackholeを紹介している動画には地球外の惑星に踏み入れた宇宙飛行士と地球外生命体が登場する。

04 出典: Eventide Blackhole Hollywood’s Secret Weapon for Reverb

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空間と緊張感についてもう少し深掘りしていく。

まずリバーブというエフェクトは現実世界で生じる音の残響を付与するエフェクトだ。これが平坦なデジタル音に対し、空間感であったり音の厚みや余韻を与えて一段階上のステージへと引き上げる。

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残響という言葉自体は、音が鳴り終えたあとにその響きが完全に無くなるまで壁や人体や物体を絶えず反射してまた耳に減衰したものが届いて徐々に小さくなっていくその繰り返しを論理的に定義したに過ぎないが、この言葉に”余韻”という概念が無意識下で紐付けされる。

そして残響や余韻という言葉から連想されるのは、オーケストラの公演が終わったあとの沈黙や映画のエンドロールを観ている時の感情だ。友達や恋人と別れた後の静けさを特別修飾するのもこの残響や余韻といった概念が作用していると考える。

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ただの空間という無機質な要素一つ取っても、そこから連鎖的に広がる言語連想により構築されるネットワークが、エフェクトの持つ機能や効果以上に音楽的に価値を与えていると捉えることができる。

緊張感というのも、Blackholeを挿したことで付与された効果から言語連想されたノードの先にあるのだろうか。

先ほど少し触れたSF映画の話を再度取り上げる。

まず、Blackholeの非現実みのあるサウンドから真っ先に映画「エイリアンvsプレデター」や「スターウォーズ」が思い浮かび、ゲームだと「Dead Space」シリーズを連想した。

おそらくはこうした映画やゲームの雰囲気や世界観をはじめ、ストーリーや戦闘シーンなどの重々しい場面、そしてそれらを体験した後の余韻、体験を他人と共有した時の追体験といったコンテンツ自体とそれを取り巻く自身の心情変化の一連の流れを含めたあらゆる構成要素が、Blackholeを通した音をトリガーとして呼び起こされたのだろうと考える。

具体的には、映画が始まる前の予告編で味わう未知の刺激に対する興奮、映画の冒頭の光景と静けさ、戦闘など激しいシーン(血や暴力といった描写もあるだろう)、中にはヒロインの死や自身のトラウマに抵触するシーン(見てしまうこともあっただろう)もあり…、といったところだろうか。ゲームだとキャラクターを動かしている時のキャラクターを通して得られる経験や感情のシンクロや同情などが挙げられる。さらには、意識せずに聴覚を伝って蓄積された大多数の断片的背景や記憶として認識されないほどの潜在意識を含めればその数は計り知れないものになる。

そして、ここではこうして言葉としているものの言語化できない要素も踏まえた全てのネットワークが音が聞こえると共に数秒で構築される。

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この全てがBlackholeなのだ。そして、空間的緊張感というのは自分ながらにこれらのネットワークを集約したモノに対して抽象的なラベルを一つ付けたに過ぎないのだ。

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さて、Blackholeから得られる効果や言語化された部分やそこから連想された要素について考えを述べてきたが、結局のところエフェクト一つかけるにしても大事なのは、音楽の完成とする目標であったりリバーブという機能としての役割であったりそういう表面的な側面よりも、エフェクトをかけることでそれがトリガーとなりインスピレーションとなり創造性や探究心といったものを刺激していくある種魔法のような一連の体験に価値を見出しているのだろうと思う。

Blackholeの効果を再現するだけならリバーブやディレイやステレオエンハンサーやモジュレーションやサチュレーションといった複数のエフェクトを組み合わせればテクニックこそ必要だけど技術的には可能ではあるし、決して安く無い金額を投資して手に入れるという体験そのものも含めての価値がそこにあり、それがユーザの過去現在までに培われた価値観や生い立ち諸々をひっくるめて解釈され、その最大公約数が計算されるのに近しい連鎖反応で話題性とか同情に近しい購買意欲とかそういったものに昇華していくのだろう。


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